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数学小景

対称性をとらえる 今野拓也

図 1  対称な図形

  私たちの身の回りには多くの対称な図形が見られます.図1はよく挙げられる対称性の例です.左上の人型は線対称,あるいは左右対称です.その右の星形は線対称性も持ちますし,5分の1回転でも保たれています.その下の絵は…で左右にずっと続いていることを表していますが,ヨット1台分ずらす平行移動で変わらないという対称性を持っています.こうした対称性は自然科学でしばしば均質な状態を説明するのに用いられます.例えば気体の分子は,十分大きな空間の中では均質に分布するとされます.簡単のために空間が1次元だったとすると,十分大きい空間は数直線だと思ってよいでしょう.すると位置 x での気体分子の分布を表す関数 f(x) (例えば x から x + c の間にある分子の数など)は平行移動に対する対称性を持つべきです.


 は任意実数


  すると P(x) は定数関数でなくてはならず,すなわち気体分子は均一に分布することが導かれます.
  このように対称性はある集合 x (上では数直線) の上の関数 f(x), xX があって,それがある種類の移動(上では平行移動) で変わらないことと表現されます.ここで逆に f(x) の対称性を説明するのに登場する移動全体の集合を H として,そちらに注目してみます.H の各要素 t はもちろん X からそれ自身への一対一対応です.このような tX の変換と呼びましょう.変換からなる以外に H は次の三条件を満たします.


(i)    恒等変換 I(x) = x, xXH に属します.
(ii)    変換 s, tH に入っているなら,f(s(t(x))) = f(t(x)) = f(x) ですから,それらの合成 st(x) := s(t(x)) も H に入ります.
(iii)    変換 tH に入るなら,t(x) に x を対応させる逆変換 t-1H に入っています.

この三条件を満たす変換の集合を我々はと呼んでいます.対称性とは群の作用で不変であることというわけです.


図 2  正三角形の合同変換

  上の気体分子の例では,空間の原点 0 を固定すると H の元 x にそれで 0 を移した x + 0 = x を対応させることで HX の間に一対一対応ができます.しかしこれは一般には正しくありません.例えば図 2のような正三角形の合同変換たちからなる群 H は頂点 1, 2, 3 それぞれを通る対称軸に関する折り返し s1, s2, s3 と頂点 (1, 2, 3) をそれぞれ (2, 3, 1) に送る 120 度回転 t と逆回転 t-1, それに恒等変換 I の 6 つの変換からなりますが,三角形の頂点は 3 つです.(実際にアンモニア分子 NH3 などはこの対称性を持ちます.) この理由は,例えば頂点 1 を原点と思うと恒等変換 I 以外にも 1 を動かさない変換 s1 があることによります.例えば s3 は 1 を 2 に移しますが,それと s1 の合成 t = s3s1 も 1 を 2 に移すのです.1 を固定する合同変換の群を K = {I , s1} と書けば, 1 を 2 , 3 それぞれに移す変換の集合はそれぞれ s3K = {s3 , s3s1} , s2K = {s2, s1} と2個ずつからなっており,頂点の数は H の元の数 6 を K の元の個数 2 で割ったものになっているわけです.このような状況でも H の各元 h の代わりに部分集合 hK = {hk | kK} の集まり H/K を考えると, hKh(1) を対応させることで H/K と頂点の集合 X = {1, 2, 3} の間に一対一対応ができます.

  空間 H/K の上の H による対称性を持つ関数はもちろん定数関数しかないのですが, X = H/K という表現はその上の関数全てを捉えるのにも役立ちます.H/K 上の関数 f をその値(f(1), f(2), f(3))を並べて表します.Hの元,例えば s2 は (f(1), f(2), f(3)) を (f(s2(1)), f(s2(2)), f(s2(3)))=(f(3), f(2), f(1)) に移します.これを



と書き表します.その意味は,例えば 1 行目なら f(s2(1)) = f(3) なので右辺の (f(1), f(2), f(3)) のうち f(1), f(2) が 0 回, f(3) が 1 回登場するという意味で (0, 0, 1) が書かれています.右辺の 3 行 3 列に数字が並んだものを s2 の連関表と呼んで R(s2) で表します.その対角成分,つまり左上端から右下におりる線上の数字を全て足したものを R(s2) の跡と呼んで,trR(s2) と書きます.もちろん trR(s2) =1 ですが,これは実は s2 で固定される頂点,つまり 2 だけですが,その個数です.この関係は勝手な gH に対して成り立ちます.(確かめてみて下さい.)

これは有限個の元からなる変換群 H とその部分群 K に対しても正しく,対称性を備えた広範な図形に対して「レフシェッツ跡公式」として知られる定理のおもちゃ (toy model) になっています.この式は R(g) の跡という X 全体を見渡す情報を,個々の xXg で固定されるかどうかという隅々の状況とちゃんと結びつけていて,対称性の効能をよく表しています.

  さらに少し群に慣れ親しんでいる人なら固定点の数も H, K の言葉で書けます.ある x = hKgH で固定される,すなわち ghK = hK となることは群の条件から

と順に言い換えられます.従って固定点の数は

となります.ここで右辺の和は K の中の共役類という部分集合たちを走ります.さらに kK に対して Hk := {hH |, hkh-1} = k} とおけば,右辺の各項は

と書けます.ただし δx,yx = y のとき 1 , それ以外のとき 0 を表すクロネッカーのデルタ記号です.これを使えば

となりますが,実はこちらも「セルバーグ跡公式」という定理のおもちゃになっているのです.

  レフシェッツ跡公式は代数的位相幾何学,セルバーグ跡公式は表現論あるいは非可換調和解析という全く異なる分野での 式の拡張です.しかし現代の整数論では志村多様体と呼ばれる空間に対するこれらの公式を比較する,伊原・ラングランヅの方法が非常に強力な働きをしています.その帰結はフェルマーの定理や志村・谷山予想,その様々な拡張を証明する際にも,基本的なインプットとして用いられています.この方法の実際は技術的で難解なのですが,ラングランヅが両公式の同一の起源に着目してそのアイディアを得たであろうことは想像に難くありません.