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数学小景

パターンと数理 栄伸一郎

1.自然界に見られる形

自然界には色々な形がありますが、それらがどのくらい理論的に理解出来るかを考えてみることにしましょう。ところで、一口に形といいましても、大きくは宇宙における星や銀河の集まりが表す形から、小さくは原子や電子の分布の表す形まで色々ありまして、それぞれの分野で宇宙論あり、量子論ありで対応する理論というものがあります。ここでは我々の日常身の回りで目にすることが出来る程度の大きさのものを対象とすることにします。例えば、雪の結晶や樹脂状結晶の形、炎の形、

図1.雪の結晶(左)及び樹枝状結晶(右) ([1]より)

図2.炎 ([1]より)

しま馬や豹などの動物の表皮模様、ある種の化学反応に見られる螺旋模様などを挙げることが出来ます。

図3.いろいろな動物の表皮模様

図4.化学反応系に現れる螺旋パターン(九州大学・甲斐研究室猪本氏より提供)

この他にも身の回りにはさまざまな形が存在しています。


それでは、このような形というものはどのようにして生じてくるのでしょうか。何か理論的に分かることがないでしょうか。ここでは一つのアプローチの仕方を紹介することにします。


さて、形の形成ということを理論的に解析したい訳ですが、上に挙げたような現象はそれぞれ皆メカニズムを異なっています。例えば雪の結晶や樹枝状結晶の形成は物性の問題に属するでしょうし、しま馬や豹の表皮模様の形成は生物学に属することでしょう。従って、それらをひとまとめにして議論することは殆ど不可能ですし、仮に出来たとしても、ものすごく一般的な話になってしまう恐れがあります。そこで、ここでは具体的なテーマを一つ絞って紹介したいと思います。

ここで具体的な話に入る前に、そもそも形とはどのように認識されるのかということをはっきりさせておこうと思います。最初に挙げた幾つかの例から分かりますように、それぞれの形は全てある2つの異なった状態の領域と領域の境界として表現されています。例えば雪の結晶は6角形の美しい形をしていますが、氷と水の境界がそのような形をしている訳です。また、表皮模様であれば色素の多い場所と少ない場所の境界の形が動物特有の模様を表している訳です。そこで、その境界付近に注目してみましょう。境界の近傍では、その境界を挟んで2つの異なった状態が隣り合っている訳で、ある状態の領域から別の状態の領域にその境界を越えて進んでみると、途中でどちらの状態ともいえない所があるはずです。雪の結晶であれば、その境界付近では氷とも水ともいえない、どろどろした状態があることでしょう。表皮模様であれば、色素の量が中途半端で色が付いているともいないともいえるような状態があることでしょう。もし、そのような中途半端な状態の領域がかなり広い範囲にあるなら、もはや形は、はっきりとは認識出来ないことになります。このように考えると、ある形がちゃんと認識されるためには境界付近に分布する中途半端な領域が非常に狭く、境界がある程度はっきりしていることが必要であると分かります。最後にまとめとして、形の認識に関して標語的に述べておきますと、次のようになります。“ある2つの異なった状態の領域があってそれらの領域の境界が十分狭いとき、形は境界の形状として認識される。”


2.形の理論的取り扱い

前節で、形を扱うにはその境界の成す形状を解析すればいいということが分かりました。それでは、境界自身はどのように扱うかというと、境界は幅はあっても十分狭いため、理想化として幅0と思ってしまうというのが一つの方法です。従って、もし形を平面上で考えているなら、対応する境界は曲線ということになります。これ以外にも、幅は十分狭いが0ではないとして扱う方法もあり、理論的には大変重要なのですが、ここでは幅を0として扱う方法のみ紹介することにします。


それでは、理論的取り扱いがほぼ完成している例の中から、最も単純そうな現象を一つ紹介することにしましょう。


今、平面上に微小な磁性体的な素子が均一に隙間なく敷き詰められていて、一つ一つの素子は真上か真下を向くのが落ち着いた状態であるとします。一方、これらの素子は互いに隣り合って密に敷き詰められているため、磁場の相互作用から、それぞれの素子は自身の周辺の素子の状態の影響を受けると考えられます。影響の受け方としてはここでは最も単純なものの一つである、周辺と同じ向きになろうとする、という影響の受け方をすると仮定します。ここで、磁性体的としたのは、もし磁性体なら、隣同士上下ペアになるのが一番落ち着いた状態ということになって、上の仮定は少しおかしくなります。しかし、上下ペアが落ち着いた状態とすると話がかなり難しくなりますので、上のように仮定することにしました。ただし、磁性体そのものの性質とは異なりますので、磁性体的と表現したわけです。


図5.平面上に敷き詰められた素子

さて、話を分かり易くするために、素子が上を向いていると黒く、下を向いていると白く見えるとします。このときこの平面を上から見て、黒または白の領域がどのような形になるかを考えてみましょう。


まず、一つ一つの素子の上、または下を向く向き易さが同じでないとしましょう。例えば上にはるかに向き易いとします。このときは、途中どのような経過を辿るにせよ、最終的には全ての素子は上を向き、平面全体が黒くなってしまうだろうという予想が付くと思います。そこで最後の仮定として、素子間の相互作用を考えないときの単独の素子が上または下を向く向き易さは全く同じであるとします。


図6.初期の形

以上の仮定の下で、初期の状態が図のようであったとします。


このとき黒と白の境界Γはどのように時間変化するでしょうか。上述の基本的な状況設定に幾つかの仮定を加えることにより、1980年以降の研究を通してΓの運動に関し次のことが分かっています:


図7.Γの運動

結果1 “曲線Γは

(2.1) V= –Κ


に従って運動する。ここで、VはΓの外側法線方向に進む速度、 ΚはΓの曲率である。”



(2.1)に従った運動を“曲率流”と言います。


図8.曲率κ

この運動方程式に対して説明をしておきましょう。まず、Vについてですが、Γの外側方向ということで、Γの内側、外側を予め決めておかねばなりません。ここでは黒い領域の方をΓの内側ということに決めます。従ってVはΓで囲まれた黒い方の領域から白い方の領域に向かって、Γに垂直な方向にΓが進む速さということになります。


次に曲率Κですが、Γ上の点Pを一つ決め、その点においてΓに接するような円のうちで最大のもの(それ以上半径を大きくするとΓからはみ出す部分が出来てしまうような円、最大接円)を描きます。このような円は唯一つに決まりますが、その円の半径をrとし、k = 1/rとします。 最大接円がΓの内部に描けるときΚ = kとおき、 最大接円がΓの外部に描けるときΚ = -kとおいたものを点PにおけるΓの曲率と定義します。


図9.曲率κの大小

例として、Γが点Pの周りで直線だと、無限に大きい接円が描けてしまうので、r = ∞、すなわちκ = 0 ということになります。


曲率の幾何学的な意味を簡単に説明しておきましょう。曲率とは曲線Γが内部の方向にどの程度曲がっているかを示す量で、内部の方向に急な曲がり方をしている程、接円の半径が小さくなりますから曲率κ$は正の大きな値をとることになります。一方、外側に急に曲がる程、接円はΓの外部に小さく描けますから曲率κは負で大きな値をとることになります。


従って、Γの運動が(エref{eqn:eqn1})であるということは、 例えば外側に出っ張ったような点ではκ > 0より、 V = –κ < 0となり、曲線Γはそのような点においては内側に 向かって運動することになりますし、逆に内側に出っ張った 点ではV = –κ > 0となり、Γは外側に向かって 運動することになります。


図10.曲線Γの運動

このことは、Γはその形の凹凸がなくなるように運動しているということを意味します。従ってだんだん円周に近い形になっていきます。また、Γが一端、円周に近い形になったなら、Γ上至る所の点で曲率κ$は正ですから(円の内側が黒い領域だとして)、どんどん内側に縮んで最後にはなくなってしまうということも理解出来ると思います。このように最初の黒と白の領域の関係で、最終的にどの色が全体を占めるのかが分かるわけです。


実は(2.1)の運動に関してはもっと詳しいことが分かっています。それは、(2.1)に従って運動する曲線は、必ずその弧長が時間と共に短くなっていくというものです。これによると、もし領域の形が図のようなひょうたん型をしていたとすると、長さが極小になる場所で運動は止まり、静止する ということも分かります。


図11.ひょうたん型領域におけるΓの運動

(2.1)の曲率流という運動は至る所に顔を出すことが知られています。例えば、2種の生物が互いに競合関係にあり、その生物的力が対等のとき、各種の占める領域同士の境界は曲率流(2.1)の方程式に従って運動することが分かっています。


最初に紹介した、さまざまな形、例えば氷と水の境界や動物の表皮の色素の境界など、現象のメカニズムは全然異なるものの、いずれも境界の曲率が関係した形の方程式でその 運動が記述出来ることが分かっており、計算機シミュレーション等により、現象に近いパターンが再現出来ることが知られています。 このように、物の形を調べるのにその輪郭のみに注目し、 輪郭の運動を支配する方程式を導出し、形の理論的解析を 進めていこうという方法は、ようやく最近可能になったばかりです。 この研究により、これまで分かっていなかった多くの問題が、 幾何的量と関連づけられることにより解決されつつあることを 述べて終わりとします。

参考文献:P. Pelce, Dynamics of Curved Fronts, Perspectives in Physics, Academic Press, 1988.